2017-06-06 折り紙 in アニメ

現在、放送中のアニメ、「正解するカド」にて折り紙が数回登場しており、第5話ではその折り紙が重要な要素となっている。

 

劇中で登場した球体折り紙は、三谷純氏の作品を参考としているそうで、ご本人のブログでご紹介されている。

上記の記事のブックマークコメントにて

キャラだての手法で頭の良さを証左する小物として折り紙をつかう事例,ここの数年で多くなった気がする。きっかけはなんだろう。2017/05/09 08:33

とあり、気になったので調べてみようと思った次第。

 

何かないかとググってみたら、面白い記事があった。

これ、グラフにしたら面白そうだなと思って

 

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とりあえず話数でグラフにしてみた。

1997年の飛びぬけてるのは、「忍ペンまん丸」という作品。

 

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作品数でもグラフにしてみた。

話数でも作品数でも2000年前後で増えはじめて、2010年ごろは減っているけれども全体としては増えていることがわかる。

 

と思ったが、そもそも年々放送しているアニメの本数が増えているので単純に数で比較しても意味がないことに気付いた。

また、単純に折り紙が登場した話および作品の数をグラフ化したもので、ブックマークコメントにある "頭の良さを証左する小物として折り紙をつかう事例" にはなっていない。

 

前者はそれぞれの年の放送作品数を分母にすればいいとは思うが、後者は…

全部チェックするとなるとやばいなと思ったので、やめやめ。

たぶんTwitterか何かで呼びかけて集合知に期待するのがベストなのかな。

 

しかし気になる…

2017-05-16 why

 嬉しくて嬉しくて 言葉にできない

 

言葉にできないのは何故だろう

その感情を表せる言葉が存在しないからなのか

言葉そのものは存在はするがそれを上手く表現できないからなのか

例えば泣いて上手く話せないように、感情がたかぶりすぎて話せないからなのか

 

言葉にして表現したところで、それは言葉でしかないわけで

私の感じた感情ではない

伝えられた言葉から掴み取れる感情と、私の感じた感情は一致しない

だから、この感情は"言葉にできない"なのではないか

 

2013-03-24 I know…?

 

「人の気持ちがわかる人になりなさい」

なんて昔、小学校の先生に言われた覚えがあるけれど、人の気持ちを分かることは出来ないと思っている。友達でも恋人でも家族でも、自分と相手は違う人間なんだから気持ちを理解することは、その人自身になるか神様にでもならない限り無理だろう。

例え、何千何万と言葉を交わしていたとしても、例えばその人が悲しいと言っていた場合に、どれほどの悲しみがその人を襲っているのかなんて、推測することしか出来ない。

推測してもそれが当たっているのかなんて確かめる術はない。だからこそ言葉をこれでもかと言うくらい尽くして、1mmでも相手に近づき、相手の気持ちを汲みとるしかない。「察して」なんていうのは、コミュニケーションの放棄でしかなく、主導権は渡さずに責任だけを相手に押し付ける言葉ではないだろうか。

 

言葉が足りないと思ったなら、足りなかった分だけ後から付け足せばいい。

感情に言葉が振り回されてしまったなら、時間をおいて言葉を紡げばいい。